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プライド

フリーライターの鈴木健さんが発行しているフリーペーパー「KEN筆.txt」の第2号に載っていたkenの記事を読みました。

興味深かったのが闘龍門の分裂騒動で闘龍門X勢がみちプロと合流してみちプロ新体制がスタートした頃を振り返っての発言。抜粋します。

「ただ、新体制といってもそういう意識は低かった。俺らは闘龍門なんだ!っていうヘンなプライドがあったし、東北のお客さんにみちのくのレスラーだと思われるよりは、闘龍門から来た選手と思われたかった。若さですよね、闘龍門が好きで入ってきた人間たちだったんで」

外敵意識ですよね。そして闘龍門に団体愛を持っていたと。それも「俺ら」「人間たち」という言葉を使っているあたり、こう考えていたのはkenだけではなかったと。かといって一意だったとも思わない。事実、野橋はプロレスをやめたようと思っていたし、南野は「だから何?」と思っていたし。
私これ読んですごく腑に落ちました。私がみちプロを見始めたのはエルドラド解散後だけど、これ何度か書いたことあるけど、解散後ですら「kenはみちプロから一歩引いたところにいるな」ってのは感じてたので。根拠があって、まずkenがOOGAMANIAに参戦したときのkenブログのこの記事。(記憶で書くと語弊が生じるから探してきた)抜粋します。

OOGAMANIA次回本当に結婚記念プロレスやるならまあ出るかどうかはわからんけど通常のOOGAMANIAは当分オレは出ないだろうね。

あれはやっぱり基本東北にいる奴らでやるのがいい。
九龍は誰か出るかもわからんし知らんけれども基本九龍はサプライズ的に出たほうが客もいいだろう。待ってた奴らは喜ぶだろうし毛嫌いしてる奴らウザがるだろうし(笑) そうゆうリアクションの方がオレ的には面白いよ。 今日の反応はゾクゾクしちゃうね。だから通常のは当分出ない(笑)


なんでか私この記事にすごくガッカリして。なんでかってみちのく愛が感じられなかったからだろう。感じられないもなにも実際に無かったんだろう。

それと忘れもしない2010年1月のドラゴンゲート参戦。結局怪我で流れちゃったんだけどね。その頃に私が思っていたことは当時書いたこの記事を見ていただくとして。

その後「自分の居場所はみちのくなんだと思うようになった」(KEN筆.txtより抜粋)という心境の変化が現れるわけですが、私は先の怪我での長期欠場がきっかけになったんじゃないかと思ってます。怪我がなければみちプロ離脱してドラゲーにレギュラー参戦してたかもしれないのもそうだし、AIDやってくれたOOGAMANIAつまり野橋に借りができた…じゃ言い方悪いか、恩を感じたのかもしれないし、実際、その後続けてOOGAMANIAに参戦したしね。もう出ないって言ってたのに。(根に持つ)
更にベビーターンしたり、それによってバラモン兄弟との関係をみちプロ以外のリングでもきっちりと清算したり、2010年ってのはkenにとって転機だったんだろうなあと。振り返ってみてもそう思います。

じゃあ今のkenからはみちのく愛が感じられるかと言ったら…別にないなあ。まあ所属じゃないからね。
逆に所属じゃないのになぜかみちのく愛を感じられるのがまぐ狼もとい卍丸。イベントプロレスにも大抵出てるし大釜にもよく顔出すし、私ホントにしばらく所属だと思ってたもん。ていうかいまだにはっきりわかってないもん。

あと南野が「イケイケで楽しかった」と振り返るロス・サルセロス・ハポネセス時代をkenは「嫌で嫌でたまらなかった」と。ホントに人それぞれだなあー。
プロレス | CM(0) | TB(-) 2012.07.25(Wed) 22:14

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